「見えない恐怖」から「見えるデータ」へ—— 司法書士が読み解く、韓国不動産市場の透明性と日本の課題

司法書士・行政書士 アデモス事務所 / 代表  中村圭吾

はじめに:なぜ今、隣国の登記データを見るのか

「日本の水源地が外国資本に買われている」「ニセコや京都の地価高騰は外国人のせいだ」——。

昨今、こうしたニュースがメディアを賑わせています。私たち司法書士の実務現場でも、外国籍の方や外国法人による不動産取得の立会いは日常的な光景となりつつあります。

しかし、日本におけるこの議論には、決定的なものが欠けています。それは「正確な全体像(ファクト)」です。

「感覚」や「一部の事例」ではなく、国全体で誰が、どこを、どれだけ買っているのか。日本の現行の登記制度では、この実態を即座に把握することは困難です。

一方で、隣国・韓国に目を向けると、驚くべき光景が広がっています。韓国大法院(最高裁判所)は、登記データを驚くほど詳細に、かつ視覚的に公開しています。

本稿では、元新聞記者であり、現在は不動産登記の専門家である私の視点から、韓国の「大法院登記情報広場(Data IROS)」のデータを分析し、そこから透けて見える日本の課題について考察します。


1. 衝撃の透明性:韓国「大法院登記情報広場」とは

職業柄、各国の登記制度には関心がありますが、韓国の「大法院登記情報広場(Data IROS)」の完成度には驚かされます。

これは単なる統計サイトではありません。韓国の登記所(裁判所管轄)に蓄積された膨大な法的データを、一般市民が理解できる「インフォグラフィック」としてリアルタイムに近い形で開放しているのです。

韓国大法院のウェブサイト「登記情報広場」

司法書士として驚く「属性情報の開示」

日本の不動産登記制度では、所有権移転登記において「国籍」を記録することは求められておらず、その氏名も中国や韓国など漢字圏の一部の国を除き、カタカナで登記されています。

登記簿には氏名及び住所しか記録されず、日本人であるかどうか、外国人であったとしてそれがどこの国の人なのか、はたまた同じ名前の人であっても同一人物が所有しているのかを把握するのは、事実上不可能です。

しかし、韓国のシステムでは以下の点が明確に可視化されています。

  • 国籍別の取引状況: 中国、米国、カナダなど、どの国の人が買っているかが一目瞭然です。
  • 買主の属性: どの年代の投資が増えているのか、法人が動いているのかなども把握できます。
  • 地域ごとのデータ: どのエリア(市・区単位)に外国人による取引が集中しているか。

「登記」という権利を守るためのデータを、韓国では市場の透明性を担保するための「公共財」として活用しており、その点で日本より何歩も先を行っていると言わざるを得ません。


2. 実データ分析:規制は市場をどう動かしたか

(2025年下半期の動向)

では、実際に公開されているデータから、市場の動きを読み解いてみましょう。

韓国では2025年8月26日より、首都圏での外国人による不動産取得に対し、「土地取引許可区域」の指定や「実居住義務」の厳格化といった規制強化が行われました。その効果は数字にどう表れているでしょうか。

8月と11月の比較:規制のインパクト

規制が導入された2025年8月と、市場に浸透した11月の最新データを比較すると、興味深い変化が見て取れます。

外国人の首都圏での集合住宅(アパート・マンション)の取得は、8月の1,051件から11月には618件へと41.2%減少しました。

国籍別に見ると、その反応には明確な差があります。

  • 中国籍(集合住宅): 837件 → 713件(約15%減少)
  • 米国籍(集合住宅): 377件 → 214件(約44%減少

取引の全体件数で見ると、中国籍の人による不動産取引は依然として首位を占めていますが、規制への反応は米国籍の方がより敏感であったことが分かります。

国籍による反応の違い:米国勢の「シフト」

特に注目すべきは、規制後の動きの違いです。

中国籍の取得者は、全体件数でも規制導入前の1,116件(7月)から1,000件台を割り込み、約2割減少しました。特に規制導入後は、規制対象となるソウル市を避ける傾向にあります。

一方、米国籍の取得者の減少幅は限定的です。データ(下表参照)を詳しく見ると、集合住宅(マンション)から、土地・一般建物へ投資対象をシフトしている傾向が見て取れます。さらに、米国籍の人はソウル市内での取引を逆に増加させている(9月:81件→11月:136件)という特異な動きも見られます。

単に「外国人の土地取得が増えた・減った」だけではなく、「どの国籍の人が」「どのような不動産へ」「どのように動いたか」という詳細な分析が可能になっている点こそが重要です。

【参考データ】外国人所有者の国籍別推移(2025年下半期)

年月中国米国カナダオーストラリア
7月1,11684818663
8月99586717364
9月1,03377817073
10月76864814542
11月891725117157

【対象不動産の違い】(2025年9月→11月の変化)

※米国籍が「土地」へシフトしている点に注目

国籍時期土地一般住宅集合住宅
中国9月16762841
11月15226713 (減)
米国9月36125355
11月463 (増)48214 (減)
地図上から特定地域の取引状況を把握できる。(韓国大法院の「登記情報広場」)

3. 日本の現状:「見えない」ことのリスク

翻って、私たちの足元、日本の状況はどうでしょうか。

司法書士として断言できるのは、日本の不動産登記制度はもともと「個人の権利保護」を目的とした制度であり、自己の所有権を第三者に対して主張し権利を守るという点では優れていますが、国家的な視点での分析という点では極めて不十分であるということです。

登記簿の限界

前述の通り、日本の登記簿には「国籍」が含まれていません。2024年4月から外国人の土地所有者についてはローマ字表記の義務化がされましたが、名前だけでは国籍を判断することはできません。また、外国法人についてはその対象外とされており、ある土地が外国資本に買われたかどうかを正確に追跡する術は、極めて限定的です。

2021年に「重要土地等調査法」が成立し、国境離島や自衛隊の基地周辺などの利用状況の調査が始まりましたが、これはあくまで特定の「点」の監視であり、市場全体の「面」を把握するものではありません。

憶測が招く不要な分断

データがないということは、逆に憶測を生みます。

データセットを公開している韓国でも、規制導入時は「中国人が爆買いしている」ことが議論の発端でしたが、実際にデータを見ると、規制(2年居住要件)に対してより大きく反応し、取引を減少させたのは米国籍の人々(マンション取引)でした。

「外国人が日本の土地を買い占めている」という漠然とした不安は、時に過度な排外主義や、逆に必要な投資の萎縮を招くリスクがあります。

韓国のように、まず「実態(データ)」があり、それに基づいて「規制(ポリシー)」を決めるという、エビデンスベースの議論が日本では圧倒的に不足しています。


4. 専門家としての提言:日本が学ぶべきこと

私は、外国人の不動産取引を禁止すべきだとは考えていません。日本は法治国家であり、財産権の保護は民主主義の根幹だからです。日本は「サービスの貿易に関する一般協定(GATS)」の締結国でもあり、今さら外国人の土地取引を全面的に禁止することは現実的ではありません。

しかし、それ以前の問題として、「実態把握の仕組み」を整えることは急務です。

登記制度の現代化

韓国の事例が示すのは、プライバシーに配慮しつつも、統計データとして国籍や取引目的を可視化することは技術的に可能だということです。

登記申請時に「国籍」情報を提供することは十分に可能です。また、外国人の不動産取引時に一意の番号を事前に付番して記録することで、不動産の名寄せを可能にする等の手法(日本に居住する外国人には、すでに法改正により導入が決まっています)も考えられます。それをビッグデータとして整備し、統計情報と連携させることは、法改正さえすれば決して不可能な話ではありません。

「相互主義」と「居住要件」の検討

また、韓国が行った「許可区域内での実居住義務」は、日本における「空き家問題」や「民泊トラブル」への対策としても示唆に富んでいます。

「外国人の排除」ではなく、「地域に根差さない投機的マネーの制御」という文脈であれば、日本でも冷静な議論が可能ではないでしょうか。

おわりに:感情論を超えて

データに基づかずに、冷静な議論をすることは不可能です。

韓国・大法院のデータ公開姿勢は、私たちに一つの問いを投げかけています。

「あなたたちの国は、自国の国土がどのように扱われているか、正確に把握していますか?」

不安を煽るニュースに踊らされるのではなく、まずは冷静にファクト(事実)を把握する仕組みを整備し、現状を直視すること。それが、日本の不動産市場の健全な発展と、私たちの暮らしを守る第一歩になると確信しています。


【執筆者プロフィール】

司法書士 中村 圭吾

元新聞記者という経歴を持つ異色の司法書士。現在は東京・赤坂で、主に韓国出身者の相続問題、韓国企業の日本進出支援などを専門に行う傍ら、多文化共生社会に向けて積極的な提言を行っている。